酵母は、ワッフルにとってふわふわの元と言えるでしょう。空気をたくさん含んだふわふわなやわらか食感になるのはこの酵母が働いてくれるからです。
お菓子やパン作りで、小麦の生地をふっくらと膨らませるために使われるものが大きく分けて2種類あります。
酵母とベーキングバウダー(重曹)です。
酵母とは、パンを膨らませるために使われる微生物の一種でイーストとも呼ばれます。酵母は糖分を栄養として、アルコールと炭酸ガスを放出しながら、分裂を繰り返し成長します。(これを発酵といいます)
この炭酸ガスがパン生地のグルテンという膜を膨らませることでパンが膨らむのです。
一方、ベーキングパウダーという粉末は水と化学反応を起こし炭酸ガスを発生させます。しかし、ベーキングパウダーは膨らませる力が弱く、長続きしません。
私たちのワッフルは、パン生地を基本にしておりますので、ベーキングパウダーではなく酵母を使います。
パンに使用される酵母にそれほど多くの種類はありませんが、それでも使い方や出来上がりがかなり違ったものになるため慎重に選ぶ必要がありました。
いくつか酵母を試しましたが、実はすでに心の中では、試作途中で出会ったある魅力的な酵母を使うことを決めていました。
その酵母が、白神こだま酵母です。
酵母の誕生に物語があり、国産小麦との相性、使いやすさ、立ち上るフルーティな香り、そして何よりできあがったワッフルが群を抜いて美味しかったのです。
この酵母の生まれた場所は、秋田県と青森県をまたぐ山岳地帯である白神山地。
人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級規模で分布しており、1993年日本で最初に世界遺産に登録されました。
この白神山地の特徴として・・・
●1年の半分は雪に覆われる豪雪地帯であること。
●人があまり入り込まず外からの影響をほとんど受けなかったこと。
●寿命は200年ほどとされるブナの樹が世代交代を繰り返し、1万年という時間をかけて土壌を豊かにし続けたこと。
●豊かな土壌だからこそ、森の分厚い腐葉土の中では多くの種類の細菌の生存競争が長く行なわれてきてきたこと。
があげられます。
このような白神山地の特殊な環境だからこそ、特殊な能力をもつ細菌が多く育まれてきたのです。
森林微生物や野生酵母の研究に取り組んでいた小玉健吉博士は、秋田県総合食品研究所との共同研究で、この豊穣な白神山地の腐葉土から有用な野生酵母の分離と選抜を行なうことになりました。
通常、世界遺産登録地域からの土壌採取は認められていないため、その許可を受けるのにも苦労されたようですが、1200箇所からの土壌を採取した上で500株の酵母が小玉博士により分離され、そのうち発酵能力のある24株が秋田県総合食品研究所での研究対象となりました。
パンを膨らませるのに必要な炭酸ガス発生の量の基準をクリアしたのは、4株。
さらに増殖性・保存性の基準をクリアしたのは、そのうちでたった1株。
この1株こそが、後に「白神こだま酵母」と名づけられた酵母です。
この酵母の特徴は、冷凍耐性に優れること。つまり生地のまま冷凍、冷蔵してもまったく問題がないこと。これは酷寒の白神山地が産んだ酵母の最大の特徴と言えるでしょう。
天然の糖質トレハロースを多く含むこと。トレハロースは単なる甘み成分ではなく、焼き上がりのパン生地をしっとりさせ、でん粉老化抑制、冷凍耐性、乾燥を防ぐなど品質を持続させる性質を持ち、夢の糖質と呼ばれるほどです。
天然酵母とは種起こし(乾燥して眠った酵母をぬるま湯で起こすこと)が必要な酵母のことを言うそうです。また普通の天然酵母は発酵力が弱く、パン生地を膨らませるのに時間がかかってしまいます。
この「白神こだま酵母」は種起こしが必要なく、しかも発酵力もすばらしい、スーパー天然酵母と言えるでしょう。
ともかく、この特別な酵母を選択することは、私たちにとってさまざまな大きなメリットをもたらすことになりました。
ワッフルをかじった時に生地の中にたくさんの空気の部屋を見つけたら、この特別な酵母の働きに思いをはせてみてください。
参考文献・引用
白神こだま酵母でパンを焼く(大塚せつ子著)